できないものはできない
- 人間の能力には限界がある。
- 人間の成長力には限界がある。
- 人間の指導力には限界がある。
- 各個人のそれらの能力にはばらつきがありその最低値はゼロである。
という前提においては、まったくの無能力の人が発生する。そしてそれは事実だと思っている。
無能力の人はそれでも人間なのであり、法に定められた権利なり倫理的な権利は与えられる。義務あっての権利でないとするのならば、彼が義務とされることを果たすか果たさないかは全く関係ない。
それらの状況をもって個々人がどういう対応をしていくか。べき論が自分の能力を超えるものであれば、それでの対応は自分も相手も疲弊する。できないものはできないとして集団でその事実を飲みこめるかどうか。
勤めているから仕事しなきゃいけないとか、成果をあげなければ給料を受け取れない、とかそういう価値観から脱却したほうが悩みの解決には早い。
「できる人ができない人にできるハズって言うのは マズイんじゃないですか」
ドミニオン錬金術雑感
木ドミで既にプレイ済みではあるけれど、自分自身で購入後始めて2ドミでプレイ。
ポーションが普通に重いので意識しないと結局非錬金術のカードに走る感じになる。3枚から5枚錬金術のカードを入れろ、ってのは単体で錬金術のカード入れても弱いって言っちゃってるのも同然なのかね。
単体で使おうと思えるのは薬草商と弟子のポーション不要組で、ポーションあってもと思うのが使い魔と大学、やや落ちて薬師までか。錬金術は引き切りにできるまで時間かかり過ぎな感じ。
ゴーレムとか念視の泉とかはそれを活かすデッキをどう作るのか想像付かず。賢者の石は活きる頃にはデッキが厚くなってるワナ。
24日、仕事でゆるドミいけないしなあ、久しぶりに木ドミ行くか、でも行ったらランニングできんとかもにょもにょ考える日々。
で、我々には何のメリットが?
売上を上げる、利益を上げる、会社は大きくしなきゃいけない、そのためにはって全社に号令かけたところで、それを成し遂げても社員視点では何も変わらない。
評価あげたところで、1ランク変わっても数千円の差、ボーナスにして数万円の差。非正規雇用の人たちからすれば、同じ仕事をしている限りは単金上がらない。
売上いくら規模になったら全社で海外旅行とか、もうわかってないなとか。
会社視点でもの語らずに従業員視点を考えてごらんよ。キックオフであなたたちが語った言葉は誰にも響かないから。
まあ、いいのか。語ってる本人が本気じゃなかったりするしな。
頑張ったって、何を?
結果が出た後に「よく頑張った」なんて言がはかれるけれど、何をもって頑張ったと評価したんだ?と聞きたくなったりする。
まあ、こんなこと書いてるのはベスト16敗退に対する反応でそんなんを見たからではあるけれど、同様のことってのは仕事とか試験とかそういう場面でも使われたりするし、それを言うのが家族か友人かはたまた赤の他人かによっても受け取りかたは違うけど。
所詮は自分が期待する結果を出してくれた、と言うことなのに頑張ったというプロセスに対する評価的な言葉を使うのには、勝手な話ではあるけれど、そうではないのに私は結果だけ見てませんよなんて言っているように感じてしまう。結果が別だったらあんたそう言わんだろみたいな邪推から入っていて勝手な思い込みかね。
頑張ったというプロセスを評価するにあたって、どれだけそのプロセスを正確に把握してるんだよ、とかなんとか。見てたとかいうけど頑張ってる最中にはあんた何にも目をかけてくんなかったよね。
サッカーにかこつけて、身の回りや自分自身にかけられる頑張ってるねなんて言葉に対する思いをざっくりと。
2007年振り返り
仕事
前半。前年に続きサポート対象の商品が売れずユーザからのコールがない。あまりにも暇なので6月あたりから年休消化で半休を積み重ねる日々。人狼BBSを始めたのも休暇を取り出した日々だった。仕事を経験することが何かしらの能力向上に繋がるのであれば、会社から与えられた時間はとても質の低いものだった。人を管理する立場の人間にとって実践があるのだとすれば、それは人が動いている状態でこその実践でありそれが得られないのでは意味がない。9月以降担当が変わったためその引き継ぎをうまく収めることだけに終始した前半だった。
後半。9月から担当が変わり、営業が改善コンサルを請け負っているクライアントの現場へ潜り込み現在に至る。100人超のセンタで指揮系統が壊滅しているというどうにもならない状況で、指揮系統に手を付けずに手法論で改善を図ろうというのだから恐れ入る。自分としてはミクロの活動をいかにマクロな活動に広げていくかという視点でしか行動できず、全体の正否については上役に押し付けるつもりでいる。現状、ミクロの活動でも成果がでておらず、結局今年全体を振り返れば「何も仕事していないな、自分は」という状況であり、年が明けたら今与えられている小テーマに沿って何かしらの結果を早々に出さなければならない状態にある。クライアントから見ても身内から見ても短期で一定の結果を出さなければ、信用を失いかねないのだから。
自分自身では今年も何もしてない年だと思ってるが、会社の評価制度上では5段階の上から2番目を貰っていて謎すぎる。会社の評価制度なんてまったくの幻想であることを改めて認識した次第で、来年以降はいっそう自分自身の価値基準で自分自身の仕事を行うように徹底したい。
blog
この日記本体ではほぼ会社の愚痴だった内容を削除した。nowaにアカウント取ったりしたのも、目的としては一般的に読める内容にするためであったが、結局ランニングの時間と人狼BBSに時間を取られてここに手が回らなかった。年明けはまずnowaで書きかけになっている自己紹介を完結させることから始める。
つながりという点では、僕がよくブックマークしていたblogのライターから、逆に僕の日記を読んでくれて食事のお誘いをいただいたというのが2月にあった。業種柄、社外の人と交流する機会も少ないので話を聞けたのは面白かったが、相変わらず付き合いが悪い自分はその後の関係を放置しており、身になっていないのが痛い。こういう付き合いを増やしたいがためにblogやってるんだろという気もするが、ここ2年の無駄仕事は自分から提供できるものに限りを作る結果となっているのが辛い。
ねんきんダイヤル絡みの話がはてブでブックマークされていたのは、一般にはあの辺の話に需要があるのかなというのを感じたけど、ああいう話をもっとうまく書ける人は他にたくさんいるはず。
個人的にはcallcenter2007さんの更新が終わってしまったのが残念。
人狼BBS
前々から参加したいと思っていた人狼BBS。過去ログを読んでも流れが把握しきれなかったのと参加すれば時間を取られるのはわかっていたので参加を控えていたのだが、半休を積み重ねて始めた時期に参加してみた。
こんなにも精神的に辛いものだとは予想もしていなかったが、それ以上に楽しさが勝るゲームだった。
相手の顔が見えない状況で疑ったり逆に疑われたりする状況はかなり応える。プレイヤーによって参加姿勢に差はあるが、真剣に勝ちにくるプレイヤーはそれぞれの価値観を本気でぶつけて疑いをかけてくる訳で、その中で自分の言葉が通用しない状況であったり逆に自分の言葉で相手を追いつめることもあり、自分の考えを言葉にできないジレンマ・言葉が通じあわないジレンマを感じたときのストレスはたかがゲームといえども並大抵のものじゃなかった。
逆はその言葉が通じあったときの快感で、それがこのゲームの中毒性だとは似たようなことを同村したプレイヤーが言っていたが、まさにそれがあるために何度もプレイしたくなるのだと思う。
ただの言いっ放しでは何も通じないこと、それを痛感させてくれたことは、また数十人以上のセンタを担当することもあるだろう自分にとって学びのある時間だった。
参加する度に価値観の異なるプレイヤーが存在するのがこのゲームの面白いところ。まだ同村したことのない歴戦のプレイヤーもたくさんいるので、来年も時間と折り合いをつけながら参加しているだろう。
マラソン
東京マラソン完走、湘南国際マラソンで5時間を切る。その後、ハーフマラソンで2時間を切れないしょうもない時期が続いた後、9月末の越後湯沢秋桜ハーフマラソンで初めて2時間を切る。が、その1ヶ月後に右の膝を痛める。ごにょごにょ中途半端にトレーニングしながら出場したつくばマラソンを30kmでリタイアしたのはいただけない。
右膝痛めた理由は練習量が減ったから。夏前までは少ない月でも150km/月ぐらい走ってたのが夏場人狼を始めた時期にそちらにはまって100km/月ぐらいに落ちてしまったところで越後湯沢秋桜ハーフで全力行ったのがかなり膝に負荷がかかった様子。
ようやくここに来て復調してきたので1月をうまく乗り切り2月の東京マラソンで4時間30分を出すのが年明け早々の目標。
マラソンの楽しさは、やればやっただけの成果が出るしさぼればさぼっただけの報いがあるというところにある。練習量を積み重ねて記録を更新することは、普段の生活で時間をバランスよくコントロールできていることの証明でもある。自分自身の身体・精神状態を客観的に判断できるツールとして欠かせないものになっている。
麻雀のローカルルールについてどうやって意識合わせしようかということを考えたら、SV向けのスピーチ原稿になった。
日曜日に会社の同僚と麻雀大会をやりまして半荘3回で3回ともラスだったわけですが、それはともかく麻雀というのはローカルルールが山ほどあるわけです。
代表的なものでは流局のときに親が流れるかどうかとか、上がり止めの有無とか、カンドラをめくるタイミングとか。他には二翻縛りとかオープンリーチの有無とか。で、実戦上ではほとんどでくわさない八連荘とか役満のパオの有無なんてのもあります。
今回15人で大会をしたのですが、15人もいればそれぞれが普段打っている場でのローカルルールもそれぞれ違うことも多くなりますから、そういうローカルルールを集めたルール表が参加者全員に配られることになります。
ところで今回配られたこのルール表、全部で28項目が順不同でずらっと並んでいるだけなんです。このルール表をもらった人は一応目を通すんですが、案外何も覚えていません。
今回の大会は1半荘あたりに時間制限を設けたので、流局は親のテンパイに関わらず親流れというルールを採用しました。そのことはルール表にも書いてあります。しかし、今回の参加メンバーは普段テンパイは親の連荘というルールを採用している人が多かったので、このルールがスルーされるケースが各卓で多発しました。
28項目の中には先に例示した八連荘やパオに関するものもありますが、今回それは発生しませんでした。おそらくもう一回大会をしても発生しない可能性が高いです。なので、このルールは覚える必要性が小さいと言えます。人間、長い文章は基本的に読みたがりませんから、そういうあまり必要のないルールがルール表に混じることによって、本来必要な流局時の親流れのルールも読まれなかったと言えます。
これを防ぐためにはどうしたらいいか。単純にいえばよくある事例は抜き出して強調する必要があるよ、ということです。この麻雀の例でいえば、ゲーム前に必ず確認しておかなければならないこと、たとえばスタート時の持ち点と流局親流れなどの話と、二翻縛りやパオなどゲーム中に確認しても遅くないものとを分けて、前者に関してはルール表の中で字を大きくしたり色を変える、あるいはルール表自体を別に作る、そのルールに限ってゲーム前に読み合わせをするといった方法があると思います。
問題はそういう「よくある事例」というのをいかにして集めるかということです。これは普段から麻雀をしていてどういうローカルルールでもめるかというのを如何に覚えているか・記録しているかが重要になってくるんです。そういうのを普段から感じていないとどういうところで意識の違いが出てくるかわからない。
さて、ここから本題なんですが、コールセンター内でスタッフの意識を統一するってのは、ここに上げた麻雀ルールの浸透と同じことが言えると思うんですね。つまり、あれもこれもと手を広げて情報を告知すると優先度の高い情報まで捨てられてしまう。だから、どの情報の優先度が高いかを意識あわせを図る側が考えて情報を出さないといけないし、優先度が高い情報を判断するには普段からどんな問題がセンター内で発生しているか見ていないとそれがわからないんですね。だから、皆、SVとしてただ目の前のコールで発生している問題を解決することで精一杯になっているけれど、オペレータに自分たちの考えを落とそうと思ったら、どういう問題がどれだけの量で発生しているかという意識を持ちながら業務をしないといけないし、そういうのを感覚ではなくて目に見える形、たとえば数で表せるような形にするにはどういう風に記録をとればいいかというのを考え抜いてほしいんです。
という、SV向けスピーチの原稿を考えた。
コールセンターと業務委託・派遣社員
業務委託とか派遣社員をどう使ってセンタの人的リソースが構成されているかを簡単に。
自社でコールセンターを持って自社で雇用まで行う
フロアスペース・電話回線から情報システムなどの設備を自前で用意し*1、センタ管理者*2・SV・オペレータまで自社が直接雇用するケース。
このケースのセンタを見聞したことはないので想像でしかないが、SV・オペレータだと契約社員・アルバイトという雇用形態になっているだろうと想像する。
数十席クラスの中規模センターになれば、ほとんどこういうセンターはないのでは思われ。
すべてを自前で管理できるのが何よりのメリットだけどコスト面で負担が大きい。給与だとか年金だとか保険だとか健康診断だとかの労務管理を数十人から百人を超える分までしなきゃいけないコストが特にバカにならない。
自社でコールセンターを持って雇用は派遣社員中心
設備は自社で用意するけど、オペレータ、ケースによってはSVまで派遣社員を中心にして人的リソースにかかるコストを抑えようとするケース。すべて派遣社員というセンタ以外にも契約社員・アルバイトが混在している場合もある。
年金電話相談センターにおいてはこのパターンが多そう。
派遣社員の派遣元はパソナのような人材派遣会社の場合もあれば、主にコールセンターの業務委託を商売にしているような会社からということもある。
設備から人員まですべて業務委託
設備から人員まで外部業者に委託してしまうケース。茨城・広島の年金電話相談センターとか、ねんきんあんしんダイヤルが外部委託で増席と言っているのはこのパターン。
委託された会社はセンター設備を用意しておりそこに人員も割り当てる。委託元のメリットは設備を自社で用意しなくてよいことと委託先のコールセンター運営ノウハウをそのまま利用できること。
委託する側はコールセンターの業務内容を定義して、業務仕様書なり契約書なりにまとめて委託先へ提示する。それに基づいて委託元のセンタ管理者が各スタッフを管理する。運用開始後は定例で委託元と委託先で報告書などのやり取りをしながらセンタをブラッシュアップしていく。
委託先の各スタッフへ直接の業務指示はできないので、コールセンターを全体指標でしか管理できないことに歯がゆい思いをする会社はやめた方がいい。
また、委託先の人員調達が、さらに派遣社員で補われているケースもある。A社がB社に業務委託し、B社はC社から派遣社員を受け入れているというやり方。ちなみに僕がオペレータとして働き始めた時もこのやり方で調達された形。
大手の委託会社としては「ベルシステム24」「トランスコスモス」「もしもしホットライン」「NTTソルコ」「KDDIエボルバ」「テレマーケティングジャパン」など。中小まで含めれば数十社存在する。
設備は自社で用意するがセンタ運営は業務委託
電話回線や情報システムは自社で用意するが、コールセンター運営を業務委託し、センタ管理者をはじめとした人員にその設備を使ってコールセンターを運営してもらうというケース。オンサイトと呼ぶことが多い。
委託元のコールセンター担当者が委託先のセンタ管理者と密に連絡を取りやすいのと、センタ設備が準備されていれば設備代がかからないのがメリットだが、その担当者がちょっと勘違いするとSV・オペレータへ直接業務指示を始めて「偽装請負」状態になりやすいのが難。委託元のITシステムを触らせるような形だと委託先のスタッフにそのセキュリティポリシーを徹底してもらわなければならなかったりなど、委託先センタ管理者が責任を持って行うこととはいえ、委託先の社内での行動をある程度チェックしなければならないのも面倒だったりする。
同じ電話番号なのに複数のセンターに別れているケースも。
ねんきんダイヤルの例でわかるけれども、一つの電話番号が、複数のセンターの中から空いているセンターにかかるようになっているケースも多々ある。
このときに各センターによって、自社運営のセンターだったり委託先のセンターだったり、また委託先が違ったりする。
「さっき対応した○○さんが」と言われても、対応履歴に表示される名前以外ではその人となりを同じ電話を受けているスタッフが知らないということもあたり前だったりする。
多くのコールセンターでは見える電話番号が一つでも、中の人たちの状況はかなり複雑。